解說: こちらは王妃の寝殿、キョテジョン(交泰殿)です。 夫婦有別(ふうふゆうべつ)、男女七歳にして席を同じゅうせず。 儒教を崇(あが)め尊んでいた朝鮮のすべての家は 男性の空間と女性の空間に分けられています。 王がカンニョンジョンで国事を悩むと 王妃はこちら、キョテジョンで宮廷内部のまとめ役を引き受けていました。 まだ日が昇る前、 タンイ(唐依)を着られた王妃がお籠に乗られます。
姑(しゅうとめ)、テワンテビ(大王大妃)、 つまり皇太后に朝のあいさつをしにいらっしゃることで
忙しい日課が始まります。
尚宮: 「私は、 キョテジョンのヘンガク(行閣)で仕事をしている最高サングンであります。
日本の皇室の尚侍(ないしのかみ)とは ちょっと違います。 有力な家門の娘でもなく、政治的な影響力もありませんから。 ただ王妃マーマの手足の役目をするだけです。
あ、そうそう。 こちらは宮廷の中央に位置します。 そのためチュングンジョン(中宮殿)と呼ばれ
チュングンジョンにいらっしゃる王妃様をチュンジョンマーマとお呼びするんです。 今日のチュンジョンマーマのスケジュールを見ましょうか。 テワンテビ(大王大妃)に朝のごあいさつをした後、
食事する間話し相手もしてさし上げて、 病気にでもかかられると 直接せんじ薬をせんじて差し上げなければなりません。 キョテジョンに帰って来られると 毎日ある、側室たちのあいさつを受けなければなりません、お昼には、 新たに任命された閣僚たちの夫人と午餐(ごさん)がありますね。
今日の午後は特別に キョンボックンの後ろの庭園にある 蚕(かいこ)を育てる蚕室(さんしつ)に立ち寄って見なければなりません。 王様が農作業の面倒を見られたなら、
王妃は蚕を育てて直接、反物(たんもの)を織りながら、 国民たちに農業の模範を見せなければならないんですよね。 そして夕方には 皇太子が勉強を一生懸命していらっしゃるか、聞かなければなりませんし、 明日は実家の家族たちとキョテジョンで集まりがありますね。
では、私は忙しいのこれで。」解說: 江戸時代の大奥の女性たちとは違い 朝鮮の王妃たちは、
宮廷の暮しを主管し 宮廷のすべての女性たちの長(おさ)として序列の秩序を管理しました。 北條政子(ほうじょうまさこ)ほどではありませんでしたが 後に王になる皇太子のお母さんでしたから 政治的な影響力も強大でした。 キョテジョン(交泰殿)の後ろに行くと、アミサンという後苑、つまり後ろの庭園があります。
尚宮(サングン): 「今日は王妃(おうひ)様がお暇がおできになりました。 こんな日は年に数日しかございません。 側室の方々と久しぶりにアミサンの散歩に出かけられました。 王妃様は10歳前後に 三度にわたる厳格な審査をへて、皇太子のお嫁になられた後、 ときおり公式的な行事で外出をなさることはあっても 個人的な外出は一度もおできになりませんでした。
そのような王妃様のストレスを解消するため 王様はキョテジョン(交泰殿)の後ろにアミサンを作ってくださいました。 アミサンは 中国の庭園のように規模が大きくも、 日本の庭園のように精巧なものでもありませんが 丘を利用して階段式の庭園にいたしました。 人の手を加えるよりは
季節によって花が自然に咲いて落ちるような自然らしさを強調した 朝鮮庭園の縮小版でございます。 長く見ていてもあきないという長所がありますね。 わざわざ池を作るよりは
石で水受けを作り、蓮の花を育てたりしました。 アミサンのてっぺんにある煙突が見えまでしょうか? キョテジョン(交泰殿)も 「オンドル」を使ったていたので当然煙突がございますが、 四君子(しくんし)である梅、菊、蘭、竹の模様と 長寿の象徴である鶴も見えます。
今日のようにお暇な日はめったにないので ふだん王妃様は キョテジョン(交泰殿)のマルに座ってアミサンを見て楽しまれました。 縁側に座ってアミサンを見ると 王妃様と同じ気持ちを少しでも感じることができると思います。 庭先に立って眺めたら 日本の女孺(にょじゅ)や采女(うねめ)、つまり
宮中で雑事(ざつじ)を担当した女性たちの気持ちしか感じられない、 ということも参考にしてくださいませ。」
写真ギャラリー
動画