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スジョンジョン(修政殿)

スジョンジョン(修政殿)
解說: こちらはスジョンジョン(修政殿)です。 スジョンジョンには 韓国人なら誰でも知っている 「チピョンジョン(集賢殿)」という学問研究と学者養成のための機関がありました。 次は チピョンジョンに関する有名なお話です。 ある日の深夜、 セジョン(世宗)大王は 廊下を静かに歩いてスジョンジョン(修政殿)にいらっしゃいました。 朝鮮時代のスジョンジョンは 他の殿閣と同じく建物がそれぞれ繋がっていました。。 扉の前でネグヮン(内官)が静かに話しています。 内官: チョナ(殿下)がいらっしゃったこと、みなに連絡しましょうか?セジョン(世宗): シー! 騒がずとも良い。静かに参ろう。 解說: 研究員である「シンスクチュ(申叔舟)」が机に伏せて寝ています。 内官: (あわてる)おやっ、あの方、どうしてこんなところで。 シンスクチュ様、シンスクチュ様! セジョン(世宗): これ、起こすでない。 内官: チョナ(殿下)、どうして袞龍(こんりょう)の御衣(ぎょい)をお脱ぎになりますか。セジョン(世宗): シー! こんなふうにここで寝て風邪でも引いたら大変ではないか。 さあ、もう帰ろう。 内官: ははっ、チョナ。 解說: 眠りから覚めたシンスクチュ(申叔舟)は 王様の服が自分にかけられていたことを知って どれほど驚いたことでしょう。 以後、彼はさらに忠誠を尽くし セジョン大王の研究活動をお手伝いしたと言い伝えられています。 チピョンジョン(集賢殿)は セジョン(世宗)大王が即位した直後から活発に活動するようになりました。 朝鮮の統治理念だった儒教の研究から農業、地理、ハングル、歴史など 朝鮮社会のすべての分野にわたっての基盤を作る研究をするようになったのです。 言い換えれば、チピョンジョンは、 朝鮮時代のシンクタンクだったとでもいいましょうか。 このようにセジョン大王の驚くべき業績は、 ここチピョンジョンがあったから可能だったのです。

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