大韓門の本来の名前は大安門で「国の安泰により国民が楽になるように」という願いが込められた名称でした。しかし、1906年に名前を変更した大韓門は「漢陽が栄える」という意味があります。現在の大韓門の位置は元の位置ではありません。道路の前方へ33m先離れている所に本来の大韓門がありました。日本統治時代の間、太平路の道が広く拡張されて、徳寿宮領域の東部が大きく縮小されました。解放後も再び宮殿の垣根が押し出され、道路が拡張されて大韓門だけが道路の真ん中に寂しくぽつんと残されていた時代もありました。徳寿宮には本来は南の方に仁化門という正門がありました。しかし、仁化門の方の道路が非常に狭く、大安門の利用頻度が高まり、自然に大安門が正門の役目をするようになったのです。記録によると「大安門」という扁額が初めて掛かったのは1899年の事で、また1906年には「大韓門」という扁額に書きかえて掛けられるようになりました。
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