咸寧殿は徳寿宮の寝殿で、高宗が使用した空間です。高宗は、1907年、日本によって強制的に退位させられた後、咸寧殿で寂しく過ごし、1919年68歳で崩御しました。咸寧殿は、1904年、徳寿宮の大火災が始まった建物です。咸寧殿は広い板の間を中心に両方にオンドル部屋がありますが、この部屋のオンドルを修理して火をおこしているところに、火がほかに移って大火災になったと伝わります。<br>高宗が咸寧殿で崩御すると、全国の民が高宗の死を哀悼し、これが大規模な抗日万歳運動、3.1運動が全国的に拡散するきっかけとなりました。
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