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重明殿
重眀殿は、初めは皇室の図書館として使われ、漱玉軒と呼ばれました。その後、1904年、高宗皇帝が徳寿宮の大火災を避けて、ここに泊まるようになってから名称が重眀殿に変わりました。1905年、乙巳条約(第二次日韓協約)が重眀殿で締結され、大韓帝国の外交権が日本軍に従属されました。これに対し高宗は、日本の蛮行を世界に知らせるため、オランダのハーグで開かれる万国平和会談に特使を派遣しました。しかし、日本により会談場所に入場できず、日本は高宗を皇帝の座から強制的に退位させました。
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