ここは愛蓮池です。
それほど大きくはない静かな蓮池で、「蓮池を愛する」という意味です。
建物の半分が蓮池にかかっている小さなあずまやの名前も愛蓮亭なんです。
愛蓮亭はもともとは蓮池の中に島みたいに建てられたのですが、後に蓮池のほとりに移されたものと言われています。
蓮池とあずまやの名前は、朝鮮19代の王である肅宗によって名付けられました。
肅宗(スクチョン)王は、蓮の花が「穢れた場所にあっても染まることがなく自らを清く美しく守る姿が、立派な君子の姿のようだ。」と言い、愛好したといわれます。
肅宗(スクチョン)王は激しい党閥争いの末、王妃の閔氏を追放し、妃のひとり張氏を王妃にしました。
王妃になるために手段と方法を選ばなかった張氏に嫌気のさした王は、後になって自らの過ちに気付いて閔氏を恋しがりました。
そんな肅宗(スクチョン)王を傍らでお慰めした女人がおりました。
その人がまさに後に英祖(ヨンジョ)王の母となった淑嬪崔氏(スクピンチェシ)です。
淑嬪崔氏(スクピンチェシ)は宮中でもっとも卑しい仕事に携わる女官でしたが、追い出された王妃閔氏が戻ってくるのを願う忠誠心の篤い女人だったといわれています。
崔氏(チェシ)は肅宗(スクチョン)王と一緒に愛蓮池を散策した女人として知られているんです。
穢れに染まらず、いつでも清らかな蓮の花のように、慈しみ深くしとやかな崔氏(チェシ)の姿に肅宗(スクチョン)王も心を奪われたのではないでしょうか。